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ジャニーズWESTの略し方をジャニウェだと思っていたあの頃。




実家帰省中に、イッテQの中岡のQtube見て大笑いして、ツボって5分くらい涙流しながら笑ったあと、転んで頭ぶつけて、成人にしてたんこぶ作ったエイドリアンです。こんばんは。


だいたいブログとか、三日坊主だから、今週が山場かなとか思いつつ、なんとなく、思っていることを書こうと思います。

私とジャニーズ、というタイトルをつけようと思っていたら、あまりにも同じタイトルの記事が他のブログに多すぎて、やめました。

タイトルは、書いている今でもまだ決めていません。


私の基本情報としては、96年組、ハタチ。既に成人済み。お酒大好き芸人。酒飲んでも顔が赤くなったりしないのに、緊張すると真っ赤になっちゃうタイプ。顔が赤い時は大体シラフ。
ジャニーズで言えば、小瀧ののんちゃん、佐藤の勝利、西畑さんちの大吾くんが同級生です。他に同級生がいたらごめんなさい。有名どころはこんなところ。
簡単にいえば、忍たま乱太郎の主題歌を(やーやーやー?時代?!?!)八乙女光くんが歌ってた時代を小学生として生きてきたってところかな!(雑)
大学2年ぺー。
文章をとにかく書いたり読んだりする学部でお勉強してます。
遠征は基本的に飛行機に乗らなければいけない土地に住んでます。地方ローカル番組は映りませんアーメン。

まぁ、物心ついた頃から、スマヲタな母と共にSMAPコンサートへ足繁く通っていたから、初めてファンサ貰ったのは、4歳の頃、慎吾から。強火慎吾担。生意気な!!!

魔女の条件というドラマを見て、タッキーに堕ちる。慎吾より、タッキーの方が歴は長いかも。私の公式プロフィールには初恋は滝沢秀明と書かれています(公式プロフィールなんてあるんかい!)。
魔女の条件が放送されていた頃、ワタシサンサイ。リアタイで見てて、強火タッキー担になる。おませだなと今となれば思うけど。あの頃必死!
幼稚園入園時、担任が男の先生だという噂を聞きつけ、入園拒否を頑なに続けていた時(当時近くにいた男性といえば、お父さんとかしかいなかったしな!)、母の、タッキーみたいにカッコよかったらどうするの…?という一言で、すんなりと入園。
しかし、現実はそう甘くないことを若干4歳で知る。
蓋を開けてみれば、兵動大樹さんを若くした先生。4歳のワタシ、絶望を覚えて、1年間毎日泣きながら登園。あの頃は食事さえも拒否していたから、人生の中で最も痩せていた&最もモテた。悲しい。

その後、強火タッキー担ではなくなり、相変わらずの強火慎吾担を続け、木更津キャッツアイを見た私はまんまと岡田准一くんと櫻井翔くんに堕ちて、ぶっさん・バンビコンビが大好物となる(未だに)。

ごくせん第二シリーズを観て、矢吹隼人役を演じた(よく役名覚えてたな私!)赤西仁にドボン。その頃はまだKAT-TUNがデビューしておらず、CDレンタル屋に行くも、関ジャニ∞のCDしかなく、プンプンしながら帰ったあの頃(何年か後にはエイターになってるくせに)!

ファンクラブもなかったから、ジュニア情報局にまず入って、その後、You&Jに入会。
赤西が大好き過ぎて、anegoなんて、一日3回観るほどだったし、ミンテレとか暇さえあれば録画してたの見まくってた。

この頃から、DVDに撮ってた木更津キャッツアイが見過ぎで壊れるという事態が発生し、2013年までこの壊れたDVDで木更津を見まくる。○回裏が見れなくて仕方ない。表しか見れないという難題。見過ぎてセリフ覚えちゃってる案件。やっとこさお年玉を貯めて木更津のDVDボックスを買ったは良いが、見過ぎでどのシーンがどうなるか全て口で言えるようなレベルになり、DVDが本当に必要だったか、未だに謎である。
きっと木更津クイズをやったらクイズ王になれる気がする。いや、クイズ王に私はなる!!!!


話が脱線した。

赤西が留学して戻ってきた2007年。その頃から花男堕ちした母が嵐のコンサートに行こうしはじめる。2008年、とうとう5大ドームツアーをする嵐のコンサートに参加し、まんまと松潤に心を奪われた。キラッキラ。それまで櫻井翔くんの団扇を持っていたのに、その団扇をぶん投げるような勢いで母親が持っていた松潤の団扇と交換して、あれから8年。
松潤に持って行かれた心がやっと最近になって帰ってきた。
松潤にメロメロになって、現を抜かしているころ、赤西のKAT-TUN内での存在が…ね。ほら、わかるでしょう?あの頃を知っている方々は…。だから、あれだけ留学行った時はショックでごはんも食べられなかったのに、脱退・結婚は何食わぬ顔で受け入れられた。松潤効果。ありがとうございました松本様。

LOVE松潤!!!と叫びながら生きていたあの時代、嵐が国民的アイドルグループへと変化していった。
あ、松潤が神担になる前に、NEWS(6人の頃)のコンサートに行って、錦戸担になった。
錦戸担もやりつつ、松潤担もやるという、12歳にして掛け持ちという慌ただしい毎日。
2010年頃、大倉忠義が出演したドラマを観て、大倉きゅん…!となってエイターとなる。その後、大倉、横山、丸山、大倉と担替えをしながら、現在では村上に落ち着いている。

そして、2016年初夏。平凡な毎日が一変するのだ。重岡大毅の登場によって。
つい2ヶ月前まで、サーティワン?へぇ、ジャニーズWESTが宣伝してるんだ〜。っていうか何あのアイスの被り物wwwwと草生やしまくっていたのに、人間というのは実に単純である。
コロッと、すぐに手のひら返して、重岡大毅!万歳!と叫ぶのである。
2010年でドル誌卒業した私はジュニアといえば、東は樹、西は重岡だと思っていたのに、いつの間にか重岡がデビューしていたのだ。
時代が2010年で止まっていたのだ。
この約6年間での彼の成長はとてつもないものだったのであろう。私の止まっていた時間が動き出したようだった。
いとも簡単に重岡担、赤色ジャスミンへと変化した私は、長く連れ添った旦那(松本潤)への愛情が薄れ、とうとう担降りという選択をすることになった。

CDを出せば必ず一位を取れる嵐も応援していて楽しい。しかし、当たり前なことが多すぎると薄々感じるようになってきた。
オリンピックやる→翔くん出る
歌特番→嵐出る
紅白やる→嵐出場
コンサートやる→チケット争奪戦。血眼。
つまりはマンネリ!!!!!!私はもっとハラハラしたいの!ハラハラドキドキしたいの!私のこと奪ってよ!!!!(突然のあまりん風)
ハラハラドキドキウキウキワクワクがジャニーズWESTにはあった。なんだろうこの感情。説明しにくい。とにかく心がかき乱されるほどの感情。だから彼氏が出来ないんだ!!!!この時感じた。生粋のジャニヲタなんだと。今頃かよ!
ってことで、ジャニヲタ歴まとめます。

1999〜2001滝沢秀明
2002〜2008櫻井翔
2005〜2008赤西仁
2008〜松本潤
2007?8??〜錦戸亮


さーて。タイトル決めますか!